アーティストインタビュー

おおば英ゆき

「チョコレート・ドリームス」

おおば英ゆき(アーティスト)

ぼくは誰なんだろう
ぼくは何をみているんだろう
ぼくは今どこにいるんだろう
チョコレートが溶けている 
チョコレートが流れている
チョコレートが溢れている

世界は、チョコレートに覆われることで、本当の姿を現す。
「チョコレート・ドリームス」とは、今のこの世界の風景そのものであるとぼくは思うのだ。

西郡友典

―待望の写真集「チョコレート・ドリームス」が完成しましたね。これは、彫刻作品集のように感じられますが、1つ1つを写真作品として発表されています。チョコレートによるオブジェを制作し写真として定着させる、そのプロセスこそがご自身のこだわり、アート行為のように感じられますが、作品を始められたきっかけ(ひらめき)、コンセプトについてお話いただけますか?

おおば:40歳の頃、ぼくは京都造形芸術大学の学生でした。大学から「写真の構想」という課題が出されました。ぼくは「写真とは、今のこの世界をありのままにカメラで切り取ることである」と考えていました。だから写真を構想するということがどういうことなのかわかりませんでした。でも考えなくてはなりません。 その時、目の前にどろどろに溶けたチョコレートが世界を覆い尽くす光景が見えたのです。 ぼくが見たこの光景を写真としてカタチにすること。どうやったらそれができるのだろうか。 それを考えることがチョコレート・ドリームスの始まりでした。

−なぜ、チョコレートを選ばれたんでしょう。チョコレートという素材との出会い、その魅力についてお話いただけますか?

おおば:なぜチョコレートなのか。その答えは永遠の謎です。ぼくにもわかりません。ただ、ぼくがチョコレート・ドリームスを制作しながら感じていたのは、このチョコレートは時代の空気のようなものではないかということ。このチョコレートに覆われた立体物は時代を表す彫刻なのではないかと。そして、この彫刻を撮影した写真は時代のポートレートおよび時代の風景写真なのではないかと考えるようになりました。

−制作はどのようにして進められましたか?

おおば:まず、チョコレートに覆われた世界を頭の中でじっくりと観察し、それをスケッチします。できる限り具体的に、詳細に絵に描いていきます。次にスケッチを立体化します。戦車が必要ならプラモデルを買ってきて組み立てます。その立体物を平たい大地に紙粘土で据えつけます。そして、チョコレートで覆う作業を行います。溶かしたチョコレートを大きな刷毛を使ってペンキを塗るように立体の裏表すべてに塗っていきます。チョコレートが固まるのを待ちます。最低1日以上。 今度は刷毛、スプーン、ヘラなどを使い、チョコレートを垂らしたり、ぶちまけたり、様々なやり方で立体物を覆っていきます。チョコレートが固まるのを待ちます。またチョコレートで覆う作業を行います。これを最低5〜8回やります。多いときは10回以上です。1か月以上の時間がかかります。

−手の込んだプロセスを踏んでいらっしゃるんですね。チョコレートに塗れているような現場が想像できます。

おおば:チョコレートの被写体が完成したら、次に撮影です。まず撮影セットを組みます。自宅のリビングがぼくのスタジオです。120×180cmのチョコレート色のデコラという板を背景として壁を作ります。天井からボックスタイプのタングステンライト吊るします。被写体の前と後ろにひとつずつサブライトを置きます。その真ん中に撮影するチョコレートの被写体を置きます。余分な光を遮蔽版で切ってゆきます。光をコントロールします。
撮影は4×5の大判カメラで、まず、モノクロのポラロイドフィルムでテスト撮影をします。アングルとライティングのチェックのためです。ライティングは何度も修正し、テスト撮影を繰り返します。テスト撮影だけで終わる日もあります。
テストがOKであれば、本番のフィルムで撮影します。現像してポジフィルムが上がってきます。ポジフィルムをスキャナーでデジタル化します。パソコンで色やコントラストの調整を行います。画像データが完成したら、ラボでプリント出力をします。ラムダプリントというカラー印画紙にレーザーで露光し、それを現像するというデジタル・アナログな制作方法です。このププリントもテストプリントを数回やって本番を行います。出来上がったプリントはアルポリックという平面性の高い板に貼り付けられて完成します 。

ぼくの思う世界の住人たちが被写体になった。

−ゼロ戦、戦車等 ハードなイメージを彷彿させるオブジェもあれば、ウルトラマンやミッキーマウスのような子どもたちのヒーローにもチョコレートはかけられていますよね。どのような意識から、モチーフを選ばれるんですか?

おおば:ぼくはモチーフを選ぼうと思って選んではいません。目の前に見えるものをそのまま順番にピックアップした結果、これらの被写体たちが選ばれました。ぼくが子どもの頃はプラモデルが最高のおもちゃでした。ぼくが一番好きだったのが戦車、そして飛行機です。理由はかっこいいから。ミッキーマウスとかのキャラクターは妹のぬいぐるみの影響かな。そして、ディズニーランドは若いころから何度も足を運んでいる場所。女の子とデートするならここですよね。結局、ぼくの興味の対象が潜在意識の中から浮上してきたんだと思います。ぼくの思う世界の住人たちが選ばれました。

−チョコレート・ドリームス。そのタイトルにこめられた思いは?

おおば:夢は神や悪魔といった超自然的存在からのお告げである、という考え方があります。ぼくがこのチョコレートのイメージを得たのは何かのお告げのようなものだと感じています。それはある日突然やって来ました。ぼくはそれを自然にチョコレート・ドリームスと呼びました。

−2004年から始められているそうですが、もう何作品くらい制作されたんですか?

おおば:実際に制作したのは50作品くらいでしょうか。ただ後半の10作品は作品になりませんでした。フィルムを現像までしたけれど、そこまで。没。おそらく後半はぼくには見えてないのに無理やりカタチにしようとしたからかもしれません。見えないものを写真にすることはできないのです。

−チョコレートのどろどろ感は、世紀末的な印象を持ちますね。オブジェ、キャラクターたちの足は地に吸収されて、行き場をなくしてしまったかのようにも感じられます。ですが、こだわりのライティングが施され、オブジェたちは、スポットを浴び、黒の背景、闇の空間から浮き出してきたかのように感じられます。そして、チョコレートと思うだけで、なぜか恐怖感が薄れてくるのですがそれは私だけでしょうか?いかがですか?

おおば:2011.3.11。巨大な津波が建物を自動車を人間の暮らしのすべてを飲み込みました。あの時、ぼくはテレビでリアルタイムにその光景を見ていました。咄嗟にこれってチョコレートだと思いました。ぼくが見たどろどろに溶けたチョコレートが世界を覆い尽くしてゆく光景がそこにありました。波が引いた後、巨大な船がただ静かに陸地に横たわっていました。「チョコレート・ドリームス」の写真は恐怖の大魔王が過ぎ去ってしまった後の風景なのです。

−実際の作品は大判プリント(100×150cm)で発表されていますね。写真集からもそのスケールには収まらない、主張するような大きなイメージが広がっています。

おおば:写真は新聞、雑誌、本などの紙やテレビやスマホなどのモニターなど、取扱い易い媒体に載せることができるのが大きな魅力です。だから写真は世の中に大量にあふれています。それはそれでいいのですが、ぼくは写真を物質として、物体として作り上げる、つまり巨大な彫刻として作ってみようと考えました。 近くに寄って見るとチョコレートのざらついたテクスチャー、ヒビ割れが目に飛び込み、離れて見るとそのフォルムと全体の表情が見える。実際、この大きな写真の前に立つとチョコレートの立体がそこにあるように感じます。匂いまでしてきます。 それを実現するために、大きく伸ばしても細部が描写できるように4×5の大判カメラを使ったのです。35mmのカメラではこの表現は不可能でした 。

−スケール感溢れる作品は、1つ1つの細部が描写されることによってさらに強度が増し力強く主張されているのかもしれませんね。今後、この作品はどのように展開されていきますか?

おおば:チョコレートドリームスの第一章はこれで終わりです。ただ、あの津波でチョコレートの新たな扉が開かれてしまいました。第二章はよりジャーナリステックで政治的な側面を持つ作品になると思います。報道写真のような。事件や出来事のシーンを写真にすることになります。実制作はかなり困難だと思いますが。

−今後の抱負について、いかがですか?

おおば:まずはモノづくりの技術の習得です。絵画の技術、彫刻の技術ですかね。そうしないと次のことを実行できないと思います。作りながら習得するということができるのかどうか。その辺が今はわかりません。でも時間はあると思います。ぼくはまだ50代ですから。

−新たな扉が開かれて、そこにまた未知なる世界が広がっていきますね。チョコレート・ドリームスの今後、おおばさんのご活躍を楽しみに、期待しています。

ありがとうございました。

(2014年 フォルマーレ・ラ・ルーチェにて収録)


おおば英ゆきプロフィール

北海道生まれ。東京在住。
1985年千葉大学工学部画像工学科卒業、2004年京都造形芸術大学卒業

個展&グループ展 「チョコレート・ドリームス」(2004年、プリンツギャラリー)、「混沌から躍り出る星たち」(2004年、スパイラルガーデン)、「写真新世紀 東京展 2004」(2004年、東京都写真美術館)、「食と現代美術展」(2006年、BankART1929)、「ポーランド/日本 現代写真交流展」(2010年、京都国際交流会館&ギャラリーすずき)、岡本太郎現代芸術賞展(2011年、川崎市岡本太郎美術館)、「Asia Serendipity」(2012年、フォトエスパーニャ、マドリード)、「Open Studio 2012」(2012年、BankART)、「View point」(2012年、gallery Q)、「一枚の写真から」(2013年、3331 Arts Chiyoda)、「チョコレート・ドリームス」((2013年、中之条ビエンナーレ、旧廣盛酒造)他、多数。

受賞歴 2004年、京都造形芸術大学学長賞受賞、写真新世紀第27回公募優秀賞受賞(選:南條史生)、2008年、In WARSAW INPRINT2008[GRAPHIC ARTS TRIENNIAL] 入選、2010年、岡本太郎現代芸術賞入選、2011年、国際ピースアートコンテスト入選

ウェブサイト:http://www.hideyukiohba.com

お問合わせ:フォルマーレ・ラ・ルーチェ info@formarelaluce.jp

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