アーティストインタビュー

池田宏彦

池田宏彦

「echoes」
砂漠の魅力

池田宏彦(写真家)

ヘブライ語で「南」を意味するネゲブは、イスラエルの南部地方に広がる砂漠地帯である。
どこまでも果てしなく広がる砂塵、その砂漠の景観は、見る者に時が止まっているかのような不思議な錯覚を引き起こす。
その昔モーセが放浪していたとの謂われもあるが、時空を超えて何かに出会ってしまいそうな大きな期待さえ抱かせる。

そのネゲブに魅せられてしまった写真家・池田宏彦氏に砂漠の魅力をインタビュー。
異国で出会ったさまざまな国の友人たちの登場により、写真表現が勢いを増し、ひとつひとつのイメージが繋がって或る物語を創造しているかのような連続性も感じられるユニークでスケールの大きな作品に仕上がっている。

イスラエル(砂漠)の魅力

ネゲブ砂漠との出会い

池田宏彦イスラエルは、ちょっとした縁があり僕が大学時代からずっと行ってみたかった国なんです。卒業後アルバイトをして旅費を貯めて、キブツというコミュニティに滞在しました。最初にキブツオフィスというところへ行くと、どういうキブツに行きたいかと聞かれます。キブツはイスラエル各地にたくさんあって、特にイメージを持っていたわけではなかったんですが、砂漠にもあると紹介されて、すぐにそこに決めました。バスに乗って紹介された場所へ行く途中、ほんの数時間のうちに窓の外の景色がどんどん変わっていきました。写真やTV越しで無い本物の砂漠に来たんだ!と思うと本当にワクワクして、まさに「ワォ!」という感じでした。そしてそこに1年近く住むことになります。単身でパッと行ってそのまま長期滞在できる砂漠はなかなかないわけで、そういう面からもネゲブ砂漠は僕にとって特別な場所になりました。キブツでは、基本的には朝早くからからお昼頃までの間セロハンテープ工場や養鶏場で働きました。いろんな国の人と出会い友人になりました。仕事のない時間には彼らと共に砂漠で遊び、写真を撮るようになりました。これらの写真がデビュー作「ネゲブにて」になります。


住めば都

暇な折に砂漠を歩き回っていると、だんだん自分の中におおざっぱなマップが出来上がってくるんです。例えばまずあの岩の方に向かって歩いてあの灌木が見えてきたらちょっとコースをずらして、、という具合に。そういう手探りなやり方で砂漠を体感できたというのも貴重な経験でした。ほんの数日の滞在だと「わあすごい!」で終わってしまう絵葉書的な体験になりがちですが、長く住んで日常の一部になってくると砂漠の見え方も変わって来ます。同じ相手と繰り返し話しているうちに少しずつ理解が深まっていくように、同じ岩山に何度も通ったり星を撮るために寝袋で寝たりしているうちに、だんだん砂漠と自分が馴染んで来ます。人間相手と一緒で、馴染んだり理解したと思っていたらまだまだ別の面があってびっくりすることもあります。こんな風に砂漠と向き合う機会を持たせてくれたネゲブはやはり僕にとって本当に特別な場所です。

池田宏彦

撮影について

砂漠の中の被写体について

写真に出てくる人々は現地で出会った友達です。キブツで働くうちにいろんな国の人たちと仲良くなりました。僕が写真を撮っていることを話して、一緒に砂漠へ出かけて行き、お酒を飲んだり遊んだりするようになりました。
火を燃やすからちょっとここに立ってみて欲しいと頼んだり、動物の死骸をかき集めて崖から放り投げたりして写真を撮りました (写真A)。こちらはすごく真面目にやっているのですが、端から見るとちょっとクレイジーな人がいるよ、という感じで結構みんな面白がっていろいろ手伝ってくれました。

写真A池田宏彦

動物の死骸は、歩いていたらたまたまそれがたくさんある場所に出くわしたんです (写真B)。物としてなんてきれいでカッコいいんだろう、撮影したらおもしろいだろうなぁと思いました。聞いた話では、コンドルのような保護鳥がいてその鳥たちを餌付けするために家畜の死体を置いておくらしいです。写真には写りませんが、実は乾燥した場所とはいえ匂いは結構きつかったです。骨にまだ皮が張り付いている死骸です。

写真B
池田宏彦

鏡の写真は頭の中になんとなくイメージがあり、住んでいた部屋にあったものを外して持って行って撮影しました (写真C)。池のように見える写真は年に1度の大雨が岩場の間にたまった巨大な水たまりです (写真D)。こういうモノに出会えたというタイミング。そこに行ったらそれがたまたまあったというのを利用して撮影できたのは良かったです。その現場で出会う運みたいなものが大事で、それによってどういう写真を撮るのかというのが決まることがよくありました。

写真C
池田宏彦

写真D
池田宏彦

構図について

基本的に意識したのは場面構成で、こんなところにこんな情景があったら楽しいだろうなというようなことです。この友人をあの風景に連れて行ってこんな事させて撮影したらきっと面白いだろうなって感じです。
何も知らずに砂漠へ行ってしまったのですが、知らないがゆえに出会ってしまったサプライズ、ガツンとくる驚きはたくさんありました。日本で育った日本人の僕にとってはものすごく奇妙で魅力的なものばかりで、これを使って何かやらないなんて考えられないくらいなのですが、現地の人にとっては長年見慣れた当たり前の光景すぎて、それを使って何かやろうと考える人はそんなにいないようでした。

モノクロ写真の魅力

この時カメラは1台しか無くフィルムも貴重だったので、例えばISO400で12コマ撮って次はISO3200を使いたい時などは手で巻き戻して抜いたフィルムの側面に「〜12」と書いておき、次にまた使うときは13コマ目だと被る可能性があるので14コマ目から使ったりしたんですよ。1枚もムダにしたくなかったんです。モノクロ写真の魅力はやっぱり生々しさが一歩下がるというか、少し現実感がずれるようなところが気に入っています。あと自分で現像したりプリントできるのも魅力的ですね。今はカラープリントもやりますが、当時はモノクロしかできなかったんです。

写真を制作する場所としてのイスラエル

とても忙しい日本とは違って、砂漠は気楽でいいですね。日本でやるとしたら事前に協力してくれる人のスケジュールを調整してもらい撮影のアポをとって、ようやく日取りが決まっても天気が悪かったら「せっかく空けてくれたのにごめんね。」というような具合になりますよね。キブツの場合は昼過ぎには仕事を終えてる人も多いので、撮影したいと思ったら暇な友人を連れて撮影に行くという感じです。気の向いた時に最高のロケーションでさっと撮影ができて、本当にパラダイスでした。

治安について

この作品を撮影した1997年頃はまだそれほどひどくはなかったのですが、2回目に行った際にはあちこちで自爆テロが頻発していました。個人として見ればきっとみんな良い人たちに違いないんです。シンプルに仲良く暮らせたらいいのにとは思うのですが、現実に実際に(自分たちの側の視点から見たら理不尽極まりない理由で)自分の家族を殺された人達の気持ちというのはそう簡単におさまるものではないでしょうし・・・なんとも言い兼ねます。

池田宏彦

写真表現の魅力

実際にある現実を写実する

池田宏彦 池田宏彦 実際にそれがなければ写真は撮れない、なきゃ写らない。それが一番の魅力だと思います。
絵の場合は、モデルや風景が無くても頭の中にモチーフがあれば描いてそれを形にすることができますが、写真表現は実際に現物がなければできません。砂漠で骨が撮りたければそこまで行かないと撮れない。ここに人が立っててほしいと思ったら、そこに人を連れて行って立たせないと撮れない。それは面白いです。いくらイメージがあっても現物が無ければ撮れないし、その現物というのは絶対どこか自分のイメージとは違う物で、あんまり予想通りになっちゃうとそれはそれでつまらない。そこにそれが無きゃ撮れない、というのはすごく当たり前だけど写真のスタート地点だと思います。

理屈はあっていいのですがそれが先走るよりは、まずモノとしてきれいで面白いものを撮りたい。理屈に捕われ過ぎず、印象やイメージを大切にした写真を撮っていきたいです。

実際に手や頭を動かして写真を撮ることは、モノを自分なりの方法で理解する助けになると思います。例えば1本の木を写真で表現しようという時、どんどん近づけばその表面のほんの一部分だけでも虫の卵がガサガサついていたり、紫の蟻や白っぽい蟻がいたり、苔むした部分もあったり、何かが中に潜んでいるかもしれない小さな穴があったりして、それだけで一つの世界です。高い上空から見れば巨大なタペストリーのほんのひと針程度に過ぎませんし、普段は見えないけれど木を支えている根っこもあります。といってそういった写真を並べれば1本の木に近づけるというものでも無い気もします。写真でいったい1本の木というものをどの程度まで表現できるか。今は漠然としたイメージしかありませんが、何かとっかかりが掴めたならいつかチャレンジしたい課題です。

作品を形にする喜び

作品を形にする喜びというのは、やはりものが出来上がっていく過程そのものだと思います。出来上がった作品を展示したり、人から評価してもらえたりすればもちろん嬉しいですが、何か見たことの無い面白いものが自分の手を通して出来ていく時の感覚というのは、(時には一時の思い込みだったりすることもありますが)やはり特別です。浮かんでくる考えや取る行動が、いろいろ試行錯誤があったとしても結局の所は何だか前からそうなるよう決まっていた様な、いるべき時にいるべき場所にすっぽりとはまっている様な感覚です。今回写真美術館での展示が決まったのを機に、これまでノートに溜まっていく一方だった撮影プランをどんどん目に見える形にして行こうと思っています。その過程でまた気付かされることがあったり別のアイデアが派生してくるはずで、そういうことも作品を形にしていく喜びの一つです。

(2010年8月吉日 フォルマーレ・ラ・ルーチェにて収録)

2010年12月、東京都写真美術館で開催される新進作家展においてネゲブ砂漠の集大成ともいえる作品が披露される。

 

池田宏彦・プロフィール

1995年明治学院大学社会学部社会学科卒業。
1996-1997年中東旅行、「ネゲブにて」を制作。
1998年キヤノン写真新世紀優秀賞受賞。
2001-2002年中東旅行「ネゲブにて2002」を制作。

個展:2006年「ネゲブにて2002」イスラエル大使館大使公邸、2007年「ネゲブにて2002」銀座ニコンサロン。
グループ展:1997年第7回写真新世紀展(P3ギャラリー) 、1999年写真新世紀 in 京都(ギャラリ―Raku)、
2000年「ヤングポートフォリオ」(清里フォトミュージアム)、2002年写真新世紀10周年記念展「Futuring Power」 (東京都写真美術館)
2003年「ネゲブにて2002」(gallery Speak For、PARCO gallery 名古屋)、2006年「ネゲブにて2002」(UNICE)がある。

お問合わせ:フォルマーレ・ラ・ルーチェ info@formarelaluce.jp