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中村ハルコ/Haruko Nakamura

写真家 中村ハルコ
「魚を売るイネさん」について

鈴木佳子(東京都写真美術館キュレーター)

「勝見イネさんは、明治44年北海道の岩内に生まれる。結婚した後樺太へ渡るが、終戦後、夫とこどもを連れ、小樽へ引き上げる。その後、幌向で行商をしながら3人の息子を育て上げる。」

 中村ハルコとイネさんの出会いは、ハルコがイネさんの記事を目にしたのがきっかけだった。「可愛いなあ。」ひとめぼれのような時めきをイネさんに感じた。
ハルコは、すぐさま北海道のイネさんに会いに行く。普段は、人見知りで、なかなか打ち解けられない性分であったが、家にも泊まらせてもらい、イネさんが使っていた唯一の布団の半分を寝床として分けてもらえた。そして翌日さっそく、魚売りをするイネさんに同行。スタートの早い朝のはじまりだ。
魚が入ったダンボールの、大きな風呂敷包みを背負って目的地に向かう。雪道を踏みしめ、階段を上り、あぜ道を歩く。販売用の魚をきちんと並べ、お客さんに魚の説明もしながら、ときには冗談も飛ばし、豪快に笑う。仕事が終われば、楽しみのお風呂とテレビの時間が待っている。毎日繰り返される日課は、羨ましいほどシンプルだが、ひとりで全てをこなさなければならない重労働でもある。複雑にすることなくひとつひとつをクリアしていくイネサンは、人生の達人だ。 
春・夏・秋・冬。ハルコはイネサンを訪れた。知れば知るほど、イネサンのなんともいえない魅力を実感したハルコだったが、なによりも、愛おしいと思った。誰かが覗き見ているようなイネサンのスナップショットは、そんなハルコの気持ちが表れている。
空を見上げるイネさん。スイカを食べるイネさん。麦わら帽子のイネさん。立体地図のように深く刻まれたイネさんの顔のしわ。そして、静まりかえった夜更けの雪の街に、ぽつんと立っているイネさんの孤高のすがた。ハルコのレンズとカメラは、「イネさん。分かっていますよ。」と言いたげに、最上の瞬間をひとコマひとコマ、捉えていった。
イネさんとハルコの交流は一年とすこしだったが、1990年前後に撮られたこの写真は、つかの間の儚さを感じるいっぽう、永遠につづく、特別な世界のようにも思える。リアリティとファンタジーという相反する断片は、どちらも嘘のないハルコのイネサンへの気持ちなのである。

「魚を売るイネさん82歳」中村ハルコ

 

「魚を売るイネさん82歳」中村ハルコ

 

「魚を売るイネさん82歳」中村ハルコ

 

「魚を売るイネさん82歳」中村ハルコ

 

「魚を売るイネさん82歳」中村ハルコ

 

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